日本語の、身内に敬称を付けないシステムなんですけれども、少し納得できない部分を感じました。
相手が対象の人物に『さん』を付けていたとしても、自分にとっては身内だからとわざわざ『さん』を取るのは、ある意味で身勝手というか、相手に合わせてもいいんじゃないかと、そう思うわけです。身内もまた他人なのだし、と。
まあ、どうでもいいといえばそれまで。
昨夜は職場に人が足りすぎ(作業を終えた他部門からの応援隊ですし詰め)状態であったようで、なんやかんやで床の真っ黒に固まった、油もはや汚泥、既に新たな床と化したソレを、削ぎ落とす係になりました。
やはりこれです。やはり私は、このような誰もやらない、やりたがらない作業が性に合っており、最も生きている心地がするのです。その場においてその作業をやっているのは私一人であるという優越感などなど、やはりこれです。
何でも屋じゃなくて、誰もやらない屋とかやりますかね。業者すらやりたがらない作業請負業。ジョンウィックとかで見た掃除屋とは違います。
そういえばジョジョのアニメをしっかりと通しで見たことが無いと思い、昨晩(本日明朝)から見始めてしまったので寝不足である。
このような思い付きは、どうして寝ようという直前なのか。
勤務終了後、ロッカー下段の前で帰り支度をしている最中、近くのロッカーの人が帰り際に私に声をかけた。
「ずっと気になってたんですけど、いつも正座してはりますけど、剣道か何かをやっている方ですか?」
「いや、癖というか、これが落ち着くと言うかで」
少し嬉しかったのは内緒。
腰回り職質装備が床に干渉しないための正座というのも内緒。
そうか、作業着の脱ぎ着を正座ですれば、たしかに剣道か何かっぽいんだな。
と、作業帽をかぶった瞬間にひらめき納得した。
と、昨日書くつもりだった。仕事明けの木曜日はどうも疲労が凄くて作業をさぼってしまうのだ。
昨年同様、4月1,2日は音信不通デイ(WEB山篭もり)の日です。データログの更新もなければ、LINEの応答もしません。運良く両日とも休日なのがより良い。
このシステムの欠点は、それまでにいろいろ作業を終えないといけないということ。
「ベラジョン 無料版」というゲームアプリのCMがあるんですが、そのタイトルも、キャラクターも、サウンドロゴまでも不気味なんですよね。それでいてCMの中身は無難という、まったく恐ろしい作りです。
是非とも関係者にお話を伺いたい。印象に残すため、などのしょうもない理由はどうでもいいとして、私はサウンドロゴを作っている最中の気持ちを知りたい。あれで行こうと確信した瞬間の気持ちが知りたい。
夫婦仲を乱す訪問販売は悪。これで親が熟年離婚でもしたら誰が責任を負うのか。
先ほどまでネットの押し売りが我が家に来ていた。長い長い押し売りに業を煮やした母が、応対する父の元へ行き無理矢理追い返した。今、父は明らかに不機嫌である。販売員と父との会話から察するに、父は少なくとも今日契約を決めてしまうほど浅はかではないことが伺い知れたが、母はあくまでも、わざわざ応対の義理なしとの判断である。
二人とも、特段間違ってはいないのだ。ただそれぞれ別のベクトルの話をしている。それで対立をしている。それが問題なのだ。
訪問販売営業職なぞこの世から取り消したい。あれで誰がストレスを溜めないのか。あれで誰がその会社に好意を抱くのか。あれのメリットとは??
嗚呼、取り消したい、取り消したい。2022年は取り消せる年である。そしてやり直せる年である。
それではまた来年度。
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